障害者の親はいつまで「障害者の親」であり続けないといけないんだろう?
そんなことが最近事務所で話題になる。親は親であり、子どもは子どもとはいえ、障害のある子どもとワンセットでくくられるような感じを受ける時、そんな思いが頭を持ち上げてくる。

彼女の次男は重度の知的障害者。IQは20。
次男が生まれてから彼女の人生は一変した。
理解のないご主人、ローンの返済、子どもさんの世話。ダブルワーク、トリプルワーク。少しでも条件の合う仕事があれば、昼間だろうが、夜中だろうが働き続けてきた。
障害のある息子のためにできることは何でもしようとしたし、自分のことはすべて後回しにした。本来スポーツが好きで、時には友人たちと一緒にスポーツをしたりお酒を飲んだり…。
障害者に対するいわれのない差別や偏見。
それをただ見ているだけでしか何もできない自分。
理不尽なことに腹を立て、行政にも苦情を言い、必死で、ほんとに必死で差別や偏見にさらされてきた。
友人たちがかけてくれる「慰めの言葉」も到底、彼女に届くものではなかった。
「自分がこの子を生まなければよかったのに」という思いは決して理解してもらえない事を嫌と言うほど感じてきた。
相手の慰めは、決して悪意からではないこともわかっている。だからこそ頑なになり、心を閉ざすしかなかったのだった。「健康な子どもを産んだあなたに何がわかるの?」と。

そんな彼女は、我が子のために、そして息子さんのような子どもたちが少しでも地域の中で暮らし、働いていけるようにと、障害者の就労支援に関わるようになった。
また、社会の厳しさを嫌と言うほど感じてきた彼女は、どんなに重度であっても、少しでも自分の力で生活できるように、入所施設を選び親元を離すようにした。

当たり前のことだが息子さんはお母さんといることを望んだ。
それはそうだ。全くの他人と同じ部屋で暮らす毎日。嫌がらせをされても、それに応える術ももたない息子さん。
一方、それまで、ずっと息子さんとの生活が全てであった彼女にとって、施設に預けることがどれだけほっとした気持ちになることか…。

「○○君(息子さん)は、週末お母さんと一緒にいることが楽しみなんですよ」
そうした施設職員の一言も、自分に対する「責め」と感じることがある。

入所施設から自宅に戻り数年。
既に彼女の母親は他界しており、彼女が仕事中、面倒を見てくれていた父親も数年前に亡くなった。
自分と息子さんの生活のためにも、彼女は働かなくてはならなかった。
息子さんはグループホームに入所、生活介護を利用するようになった。

重度の知的障害者であっても、しっかりとした支えがあれば働ける。
息子さんは以前も一般企業で8時間働いていた。
社会事情の変化による業務内容の変更と体調を崩したこともあり、2年弱で退職した。
その後、B型、生活介護などを利用し、今、また、一般企業へトライアル雇用に挑戦している。

この一般就労。確かに本人には負担がかかることも多い。
大好きなお母さんが言うから…。お母さんに褒められたいから…。
そんな思いも息子さんの中にはあるかもしれない。
この3ヶ月の間も、いろいろなトラブルや対応に苦慮することなども出てきたりする。
それでも、社会に出て行くからこそいろいろな事が起きるのだ、と。
そして何よりも、息子さんが嫌がっていないということ。毎日元気に会社に行っていることが一番大切だと。

福祉施設の職員の方とおつきあいしていると
「無理をさせることはない」「本人の気持ちが大切」「かわいそう」
などという言葉が出てくる。
彼女も福祉施設の職員のそうした言葉が出ると心が固くなる。

あなたの言っていることは正論です。もっともです。
でも、そうすることが中々できない自分がいるんです。
今までも嫌と言うほど、いろいろな人から傷つけられてきました。
我が子もそうですが、私もそうです。
傷つけられる我が子にどうすることもできないでいた私の苦しみを少しでも理解してくれますか?わかろうとしてくれますか?
私の人生、いえ生活は全て犠牲にしないといけないんですか?

正論、正しいことは時として人を苦しめる。

「学校を卒業して2年もすれば20歳になります。
今までは『保護者』として、子どもに関わってきましたが、これからは少しずつ、我が子を地域に託していきましょう。そして、これからは『託せる地域を作る』ことをしていきましょう」
特別支援学校の保護者向けの講演会で、僕は必ずそう言う。
それがとっても、難しく、大変なこともわかっている。

親はいつまでも親であり続けるのだから。
今、一般就労にチャレンジしている息子さんを前に、右往左往している彼女の姿が見える。
それでも足を前に出してみないと地面の固さはわからない。

……こんな風に偉そうに語ってはみても、我が身を振り返ると苦しさでいっぱいになる。
自分の場合は、我が家から目を背け、関わることすら持てないでいる。
家族に対し、我が子に対し、何をしないといけないのか、何と向き合わないといけないのかはわかっているつもりではある。
しかし、行動に結びつけることができない。何度か動こうと思ったこともあったが、できなかった自分がいたが、今、必死に息子さんと向き合う彼女の姿を見ていると、逃げている自分、目を背けている自分の姿が今まで以上に浮かび上がってくる。
それでも、それでも、足を踏み出せない自分がいる。

Comments are closed.

Post Navigation