今から21年前の今日、息子が生まれた。
その日のことは今でもはっきりと覚えている。
体育祭を週末に控え、学年練習や総練習などの準備で朝から授業はなかった。
そんな中、僕は進路課長と一緒に、7月からの求人票受付を前に、会社訪問に朝から出かけていった。
職場に戻ったのは夕方。
その後、生徒達と一緒に体育祭の準備をしていた。
義母から「産まれそうだから」と電話が入った。夜の8時を回っていた。
産院までは40分。何とか出産に間に合った。
産室に入って、どのくらいの時間がたったろう? 時間が経つのが早いのか遅いのか、そんな感覚も失っていたように思う。
「はい、お父さん、息子さんですよ! 身体をきれいに洗ってあげてください」
生まれたばかりの我が子を手わたされた僕は、ただただ戸惑うばかりだった。
助産婦さんに手伝ってもらい、息子の身体をおっかなびっくり洗った。
その夜、静まりかえった産院を後にしたのは、夜中近くだった。
その二日後、産院から電話が入った。
「様子がおかしいので大学病院に移しました。すぐにそちらに行ってください」と。
息子は頭蓋内出血をおこし、すぐに手術が必要な状態だった。
手術室に運ばれる息子。ただ、待っているだけの自分…。
あれから21年の月日が経つ。
今朝も今朝で、ほんのちょっとしたことで、息子といやな雰囲気になり、気まずい思いで家を出てきた。
「心からその人のことを認め、ほめてあげなくては!」
色々な場所で僕はそう口にする。
ならば息子に対してはどうだ?
そうありたい、優しく接してやりたい、もっと認めてあげたい…。
そう思っていても、できない。
それは、僕と息子との今までの時間がそうさせている。
「すごいなぁ。おまえもずいぶんと成長したよ!」
そう口にしても、その何倍、何十倍も、息子を叱りつけ、傷つけてきたのだから、素直に受け止められないのだろう。
これまでの時の流れを思う。
親だからできないこと、それがたくさんあることをイヤと言うほど味わっている。
自分自身を責めることの方がたくさんありすぎる。
そんな苦い思いを抱きながらも、それでも、息子がこの世に生まれたことを何よりも感謝している。
……息子自身が「生まれてきてよかった」と思えるようになるには、この先、僕は何ができるのだろう? そんなことを改めて考えてしまう。