お昼前、東京から連絡が入った。
「髙草さんが昨日の夕方、亡くなりました」とのことだった。
一瞬何のことかわからず、思考が止まり、言葉もなくしてしまった。
「詳しいことがわかりましたら、また連絡します」と電話が切れた。
夕方、ご子息から連絡があった。
「父の手帳をみていたら、鈴木さんのところの予定が入っていたので…」と。
10月の養成研修の講師の事だ。
髙草さんが「仕事を手伝ってもらっている」と浜松に連れてきた際、三人でウナギを食べに行ったことが脳裏をよぎった。
親子で同じ仕事に向かっている姿を羨ましく眺めていた。
昨日の午前、少し体調が悪い、と言う状況だったのが、病院に行き容態が急変し、そのまま亡くなられたとのこと。
ついこの間も、養成研修の事で話をしたばかりだった。
農福連携の事で力を貸してほしいから、今度詳しく話をしたい、とも行っていたのに……。
髙草さんとのつきあいは、2011年、髙草さんがひなりの社長に就任してから始まった。
特に社長在任中の5年間は、実に多くのことを話したし、一緒に現場を共有した。何よりも「企業」の厳しさや考え方をたくさん教えてもらった。
ひなりをやめ、一般社団法人ノーマポートを立ち上げた後も、法人の理事として、また、養成研修の講師として、年に何度もお会いし、電話で連絡をとっていた。
遺されたご家族の悲しみはいかばかりかと思うが、それ以上に髙草さんはさぞかし無念であったと思う。
もっと色々なことをやりたかっただろう……
まだまだ色々なことを教えてほしかったし、一緒に新しいものを作り上げたかった。
痛恨の極み……。
ただただご冥福を祈るばかり……。