決定権

「『先生』って呼ばれる人は、敵に回すとおっかない人ばっかりだぞ!」
「考えてみろよ、政治家だろ? 医者だろ? 弁護士だろ? 教師だろ? なっ!」

 生徒達とよく、そんな話をした。なぜ、おっかないのか?
 教師には生徒に対する「評価権」や「懲戒権」があるから…。

 昨今の教育現場の様子もよくわかっていないし、教育法規の話でもない。「権限を持った者の強さ」について、最近自分たちの置かれている立場にドキッとしたのだった。

 自立支援法の改正により、加算制度が多数創設され、その中に研修受講による加算が加わった。
 これは、我々の「職場適応援助者(ジョブコーチ)養成研修」修了者を就労支援員に指定している場合、一日11単位が加算されるというもの。(他にも要件はあるけれど)

 20人の利用者の場合、月20日として月額44,000円、年間にすると526,000円がプラスされる。

 この影響もあるからか、今年は当初から、養成研修への問い合わせが多く、メールニュースへの登録も随分と増えている。

 また、今までの研修修了生の法人や日頃から就労支援で関係の深い所などからは、「また、今度も一人受講させてくださいね」といった声も増えている。

 ……「決定」には、今まで以上に悩みそうな気がする。

 つい先だってのプライベートな飲み会の席でも養成研修の受講の話になった。
 こちらはそんな気持ちは全くなくても、知らず知らずのうちに、「決定権を持つ者」なんだと言うことをつきつけられるやりとりがあり、内心ドキッとした。

 政治家の賄賂の話や、便宜供与とか、どこか遠いところの話に思っていたが、根っこは同じようなところにあるのでは、と。

「おーい、お酒、のもっ!」なんて気楽に言えなくなってしまうのか? とか、自分の発する言葉に、もっと気をつけていかないといけない! 等と考える自分が憂鬱になったりして……。

「お願いする側・される側」の関係ではなく、「一緒に作り上げていく関係」でありたいと思っても、「決定する側・される側の関係」であることも、これまた紛れもない事実。
 だったら、今まで以上に、きちっとした「選考」を行うことでしか、他には道がないということだろう。そう思った。

 (お)

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