日曜日に事務所にやってきた彼はいたって普通の青年だった。
 礼儀正しく、話し方もしっかりしていた。高校を卒業し一般企業に正社員として採用され、6年になるという。
 先週事務所に電話が入り、「発達障害と分かって会社に伝えたら、契約社員でないと雇用はできない」そう言われたというのだった。
 とにかく事務所でゆっくり話を聞きます、となったのだった。

・部署が変わってから仕事で注意されることが増えた。
・自分自身も発達障害かもしれないと思い発達障害者支援センターに行った。
・検査をした結果、発達障害の疑いがあるということで医療機関の受診を勧められた。
・受診の結果『発達障害』と診断を受けた。
・その前後、精神的にも落ち込み、うつ状態になり1ヶ月の休職をすることになった。
・会社には、休みのことと発達障害の診断を受けたことを伝えた。
・先日、会社から「復職できるかどうか医者の診断がほしい。また、会社に戻るとしたら、正社員ではなく契約社員となることを了解してください」と言われた。

 ということだった。
 会社は産業医と社労士と相談をした上での話だということだ。
 …………
 え? え? え? え????
 途中何度か確認をした。
 これまでに仕事のことで注意を受けたことの有無や、契約内容の変更についての話し合いの有無等々。
 本人にしてみれば、何度か仕事のミスで注意を受けたことはあるけれど、ということだった。勿論本人の話しか聞いていないから判断ができる状況ではなかった。

「どうしたいの?」と聞いた。
彼は、身分の変更の事と発達障害の診断の事がリンクしているのだろうか、「会社を続けたいという気持ちは薄くなってしまった」と言った。

 差別禁止と合理的配慮の提供義務
 この資料を印刷して、あくまでも「一般論」として彼に説明をした。
 会社の負うべき義務。
 社員と会社の話し合いの大切さ。etc etc

 彼に伝えたことは
「色々と考えてしまうだろうけれど、まだまだあなたの人生はこれから。一生懸命に考えて、向き合うことが大事だよ」
「あなたの考えや感じたことは、間違っているとは思えない。勿論会社の言い分もあるだろうけれど、もし、会社に対してどう言えばいいかわからなければ、また、相談に乗るから」
「まずは、家に帰って自分で考えてみて」と。

 その日の夜、母親から電話が入った。
「ありがとうございます。とてもスッキリしたようです。自分の感じたことは決して間違ってはいないんだ、と思えたんだと思います」と。
 このお母さんこそ、10数年前にジョブコーチ支援で関わった方の母親の友人とのこと。
 今回のことを相談した時に、その母親から「だったら、くらしえんに相談してみたら」と紹介されたのだそうだ。

 会社と今週、復職にあたって話し合いをするとのことだ。
 その後、どうなったのだろう?

 頑張れ、頑張れ!
 サポートが必要だったら、いつでも連絡しておいで!

 障害者雇用の現場にあっては、実に様々な要因が絡み合い、決して計画通りにはいかないことが多い。また、十分なアセスメントがなされ、マッチングがはかられ、受入体制がしっかりしている所からはまず声はかからない。
 そうしたしっかりとした流れをつくることこそ、就労支援の基本であり、そうした流れがしっかりとできてきている事を随分と感じるようになってきた。
 しかし、我々に依頼が来るのは、「適応上の課題」があるからこそ、である。
 課題があるからこそ、声がかかるのだ。

 3月。
 事業所から、精神保健福祉手帳を持っている人のジョブコーチ支援を依頼され支援がスタートした。トライアル雇用と同時。支援期間は6ヶ月。
 支援が始まってすぐにコロナウィルス感染拡大の影響が出てきた。
 業務が固定化されず、その日にならないとスケジュールが立たないという状況。しかも本人は就労経験もほとんどなく、業務内容も初めてであり、明らかに苦手な作業である。
 どうして雇用したの? と言っても仕方がない。
 様々な理由があっての雇用である。
 少なくとも関わる以上はどうすることが本人のため、事業所のためになるのか、を必死になって考える。

 固定化されない日替わりメニューのような毎日が続く中、試行錯誤をくり返したが、八方塞がりの状況。打開策が見いだせないまま3ヶ月が経過しようとしていた。
 思い切って、職場を本社から変えることを提案し、事業所との調整に入った。
 しかし、新しい職場は雇用経験も少なく、現場の職員の方の不安感はとても大きいものだった。
 それでも、本人の能力の見定め、伸びしろをはかるためには、「環境側の固定」が重要となる。
 そして作業指導については、ジョブコーチが全面に出ることとした。

 いよいよ新しい職場での仕事のスタート。
 その日から、毎日、支援終了後zoomを使ってミーティングを行った。
 支援状況の報告のみならず、写真や動画を見ながらチェックしたり、その場でスケジュール表などを作成したり、と。
 現場に出ているジョブコーチには、翌日の現場でのポイントや声かけの内容や事業所に依頼することなどを整理する。
 別のジョブコーチは家庭訪問や連絡を通して、状況の確認をしたり、支えてほしい点、声かけのポイントなどを相談する。支援機関の支援員には現状の報告と今後の方向性の意見交換をする。
 本社に対しては、基本的な方向性の確認を要所要所でおこなっていく。

 ジョブコーチとしての「意地」もある。
「何としてでもしっかりとした方向性を見いだす!」
 そんな強い思いが毎日を支えている。
 大まかな方向性を堅持しつつ、日々の微調整を繰り返す中、
 作業手順をしっかりと覚えることができた。
 ジョブコーチの介入もほぼなくなってきた。
 作業時間も確実に短縮できてきた…。という所まできた。
 後は、一人でどこまで仕事ができるのか?
 ジョブコーチのフェイドアウトとその時に表出する課題と対処方法がポイントとなってくる。

 今日の支援後のミーティングでは、「どうしてAさんは変化したんだろう?」ということを話題にした。
 様々な要因があげられたが、「ジョブコーチ支援の原点」に立ち返った支援であったと思う。


 事実を正確に捉える。
 見えていないところを見つける。
 日々、PDCAを回していく。そのために回らない要素を探す。回すために必要な対策を練る。
 本人へのアプローチ、環境へのアプローチ。
 視覚化された資料、本人にとってわかりやすい指導方法。
 適切な負荷。
 タイミングをのがさないアドバイス、振り返り。
 上辺だけではない心からの評価。
 成果の可視化。
 そして、何よりも一緒に頑張っていこうというジョブコーチの本人、仕事への思いが伝わるのか……。
 行き着くところは養成研修や色々な本にも書かれている当たり前のことなのだが。

 もう一つ。
 今回、とかく一人で悩みを抱えることが多いジョブコーチだが、現場をどのように共有していくのか、「チームとしてのジョブコーチ支援」ということを色々と考えるようになった。
 その共有方法を可能にしたのは、zoomやNASなど活用によるところが大きい。zoom自体は一年以上前からコチョコチョ触っていたが、この間の社会情勢の中で、自分だけではなく組織としての活用が加速した。

 支援はまだ終わっていない。
 研修でよく「ジョブコーチは支援に入った時から消え方を考える」と口にするが、その「消え方」を考えられるようになってきたのは、大きな山が越えられたからだと思う。
 この間、事業所の方々にも大きな負担をお願いしてきた。
 ジョブコーチから事業所へと「主体」の移行も見えてきた。

 勿論、この先も何が起きるかはわからない。
 しかし、当初の目標である、変化の少ない場所で本人の能力やのびしろを見ることや、得意不得意を事業所、そして何よりも本人が見つめられるようになったことが大切である。

 トライアル雇用終了まであと2ヶ月。
 その時に本人はこの職場をしっかりと選ぶだろうか?
 仕事との向き不向きもあり、「選ぶ」時には色々と悩むのだと思う。
 しかし、その悩むこと自体がとても大切なことだと感じてもらえればと思う。