「どうしても白衣を持っていきたいんです。」
何度も何度もメールがくる。
「たいていの人は、体の具合が悪くて会社をお休みしているときは、用事があっても会社には行きません。ゆっくり家で休むことが大切だからです。それが、社会人です。今週はゆっくり家にいてもいいのです。病気が治ったら会社に行きます。そのときに白衣を持って行くようにしましょう。」
彼女にわかるようにメールを返す。
昨年、企業に就職した彼女とは1年以上のつきあいになる。思いがけない事故に遭い、1週間会社をお休みすることになった。少し元気になった彼女はいろいろなことが心配で会社が気になる。顔を見せて“お休みしてすいません”と伝えたくてしかたがない。だだをこねて母親を困らせる。
自閉傾向の強い彼女と一緒に仕事をしていくのは、関わる人達がかなり大変なことも多い。「大目にみて下さい。」で支援者が片付けてしまっては、何十年と一緒に働き続ける従業員がしんどくなってくる。だから、彼女にも社会人としてのあり方を学ぶ必要性はかなりある。
専門家に相談に行って教えていただいた「ソーシャル・ストーリー」を書いて彼女に認識してもらおうと努力している。
ソーシャル・ストーリーを書くと言うことは、ある一つの社交場の約束事や暗黙の了解ごとについて、自閉症スペクトラムの認知特性による物事・現象の理解の仕方と定型発達の人達のそれとの認識の溝を、丁寧に埋め合わせていく作業といえる。(ソーシャルストーリーブックより)
つまり、共に生活する人の相互理解を改善するためのツールなのだ。ただ、ここで一番大切なのは関わる者のマナーとして、彼女の理解力や感じ方を尊重することがなにより重要であるということだそうだ。
メールを送った後一端修まったように見えたが、次の日また同じメールが何度も朝から入ってきた。結局電話での次のような会話が彼女に落ちた。
「私はどうしても持って行きたいです。私は行きたがりやさんです。」
「それは、子どものすることですね。Kさんは子どもですか? 社会人ですか?」
「子どもではありません」
「では、行きたくても行かないようにしましょう」
というやりとりで、ようやく納得したようす。彼女は、就職をし社会人になったというプライドがある。子供扱いを嫌がる。そこをくすぐると効果的に反応する。
その後、
「月曜日に白衣は持って行きます」というメールが入ってきたので、
「それはいいことです。一つ社会人としての行動ができるようになりましたね。」
と褒めて認める返事を入れておいた。
これから彼女も社会人としてのあり方を学び、いろいろな場面に立ち向かっていく自信と忍耐を身につけていかなければならない。決して社会性が身につかないわけではないと思う。愛情をもった適切な導きがあれば、徐々にではあるが行動できるようになると思っている。