昨日から、和歌山県にきて今年度最後の作業所分析に入っている。
今回の作業所は精神に障がいのある方たちが主な共同作業所。
昨日は初日ということで、利用者の方々8名とのヒアリングが中心。
中には、1時間近く話し込んでしまった人もいた。
持ちうる限りの笑顔と、言葉一つ一つを慎重に選び、発せられた言葉の真意を少しでも理解しようとする…。とても疲れる一日となる。
しかし、我々以上に、初対面の者に色々と聞かれる利用者の人たち、そちらの方がもっと疲れるだろう。一生懸命に応えようとしてくれる姿がよくわかる。
周りの人の何気ない一言に傷つく。
「かくあらねばならない自分」と「そうできない自分」とのギャップへの苦しみ。
短い時間ではあっても、そうした思いを切々と伝えようとする人たち。
精神の障がいのある人たちへの「配慮」はどのようにしていったらいいのだろう?
「配慮」がいつのまにか「遠慮」につながっていってしまい、ますます距離が離れていってしまう現実を前にして、どうしたら「当たり前」のつきあいができるようになるのだろうか?
また、「配慮」は「心をくばること。他人や他の事のために気をつかうこと」。
きわめて自発的なものであり、決して強制されるべきものでもない。
難しい…。
「ナチュラルサポートの形成」などと言われるが、結局のところ、「合理的な配慮」をいかにつくりあげていくかに他ならないのでは、と思う。