今日の午後、地元の小学校の4年生の授業で、「障害者スポーツ」について話をしてきた。
授業が終わった後、校長室で校長先生と話をしたとき、
「昨日、職員会議で話をしたんです。今、子ども達にしっかりと種をまいておかないといけない。今日、明日すぐに成果はでないけれど、10年後、20年後に実を結ぶことなのです、と話をしました」とおっしゃった。
小学校の4年生のカリキュラムの中に、「福祉」に関するものがある。
もう5,6年前から、障害者スポーツという切り口から、授業に呼ばれている。
「めがねかけている人、手をあげて~」「はーい」
「目が悪いからめがねをかけるんんだよね」
「車いすに乗っている人見たことある?」「うん」
「足が悪いから車いすに乗ってるんだよね」
「目が悪くてめがねをかけている人は『障害者』?」「違う~!」
「車いすに乗っている人は障害者?」「そう~!」
「え、どうして?どうして? めがねをかけている人と、車いすに乗っている人の、どこが違うの? 障害者と障害者じゃない、ってどこでわけられるの?」
そんな感じで、授業を始めた。
途中、フリガナをふった、ICFの生活機能分類の表も、少しだけれど、説明した。
「今はわからなくても、5年後、10年後、なんか昔どこかのおじさんが、なんか言っていたなぁ」って思い出してくれればと思う」
そう付け加えた。
その後、目の不自由な人はどうやって卓球をするんだろう?
マラソンをしたり、レースをするには?
なんてことを、色々と問いかけながら、実際の映像をみたりして1時間が終わった。
昨日は、午前が県議の方々、午後は職リハフォーラムのダブルヘッダーに続き、今日は10歳の子ども達を前にしての話。
子ども達を前にしての話は、また、特別な思いがある。
…「種をまく」
その言葉の重さと、素晴らしさを思う。
同時に、今のこの子ども達の未来に対する責任を我々大人はもっているのだと、改めて実感する。